横浜地方裁判所川崎支部 平成9年(ワ)167号 判決 1997年9月08日
主文
一1 被告甲野一郎が丙川夏男に対する東京法務局所属公証人森岡茂作成平成5年第285号債務弁済契約公正証書の、
2 被告甲野二郎が丙川夏男に対する右公証人作成同年第286号債務弁済契約公正証書の、
3 被告有限会社メディカル・フォー・ステーションが丙川夏男に対する右公証人作成同年第287号債務弁済契約公正証書の、
4 被告乙山太郎が丙川夏男に対する右公証人作成同年第294号債務弁済契約公正証書の、
各執行力ある正本に基づいて、平成9年2月10日別紙物件目録記載の各物件の各持分についてなした強制執行はいずれも許さない。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 本件について当裁判所が平成9年4月8日にした平成9年(モ)第207号の強制執行停止決定を認可する。
四 この判決は、第三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
一 争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実
1 原告の夫であり、丙川夏男(以下「夏男」という)の父である丙川春男(以下「春男」という)は、別紙物件目録記載の各不動産の各持分(以下「本件各持分」という)を含む右各不動産全部を所有していたが、平成8年7月16日死亡した。
2 春男は生前の平成5年3月6日、「東京都渋谷区<略>(土地建物)、川崎市<略>(土地建物)、鹿児島県姶良郡隼人町<略>(土地)、右の土地、建物の権利一切を妻丙川花子に相続させます。」との内容の遺言書(以下「第一遺言」という)を作成し、平成6年7月1日、「私が平成5年3月6日した遺言に次の事を追加します。私のその他一切の財産を妻丙川花子に相続させます。遺言執行者としては、妻花子を指定します。」との内容の遺言書(以下「第二遺言」という)を作成した。
右各遺言書は、平成8年11月29日、横浜家庭裁判所川崎支部において検認された。
[甲1、2、5]
3 被告らは、いずれも夏男に対する債権者であるとして、本件各持分は夏男が相続したものであることを前提に、東京地方裁判所に不動産仮差押命令(同裁判所平成8年(ヨ)第5427号事件)を申し立て、同事件の仮差押決定を得て、これを夏男に対する代位の原因証書とし、代位登記申請を行い、仮差押執行を行ったうえ、更に右仮差押申立事件の本訴提起を行わないで、既に夏男との間に作成済みの主文一項記載の各公正証書に各執行文付与を得て、主文一項記載の強制執行をした。
4 被告らは、平成6年12月、夏男に対し、1年間弁済を猶予した。
二 争点
1 原告は、本件各持分の所有権取得を、登記なくして被告らに対抗できるか。
(原告の主張)
前記各遺言の趣旨は、春男の遺産全部を原告に相続させるというものであるから包括遺贈とみるべきである。
仮に特定遺贈または遺産分割方法の指定と解釈すると仮定しても、原告は、春男の死亡と同時に遺産共有状態を経ることなく、直ちに本件各持分を含む一切の遺産の所有権を取得したものというべく、他の相続人夏男との間に遺産分割協議をする余地はなく、登記の有無を問わず何人に対しても対抗できると解されるべきである。
仮にそうでないとしても、春男の遺言により遺言執行者が指定されているから、夏男は遺言の執行を妨げる行為をすることができず、自らに対する所有権持分移転登記を経由することもできないから、被告らもこれを代位行使することができない。
(被告らの反論)
第一遺言は特定の財産を特定の相続人に相続させる旨の完結した遺言にほかならず、特定の遺産を特定の共同相続人である原告に相続させるというものであるから、最高裁平成3年4月19日判決(民集45巻4号477ページ)に従い、特段の事情がない限り遺産分割方法の指定と解すべきである。
そして、遺言による遺産分割方法の指定が、遺産分割の1方法である以上、原則として遺産分割協議による分割と共通の法理が適用される。よって、相続財産中の不動産につき、遺産分割により権利を取得した相続人は、登記を経なければ分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対し、法定相続分をこえる権利を対抗することができないとした最高裁昭和46年1月26日判決(民集25巻1号90ページ)が本件にもあてはまり、原告は被告らに対し、その法定相続分をこえる権利を対抗することができない。
また、本件は特定の遺産を特定の柑続人に「相続させる」という分割方法指定の遺言であり、当該相続人が単独で登記申請をすることになるから、遺言執行者による執行の余地がない。
2 平成7年12月ころ、被告らは夏男に対し、再度、弁済期限を猶予したか。
第三 判断
争点1について判断するに、前記のとおり、春男は、第一遺言において、東京都の土地建物、川崎市の土地建物(本件物件)、鹿児島県の土地を特定し、右の土地建物の権利一切を原告に相続させる旨遺言し、更に、第二遺言において、第一遺言に追加してその他一切の財産を原告に相続させる旨遺言したものであり、第一遺言は第二遺言に抵触するものではないから、春男の意思は、第二、第二遺言を総合して検討すべきである。そうすると、春男は、第二遺言の際、財産全部を妻である原告に相続させる意思を有していたところ、既に第一遺言を作成していたため、第二遺言のような文言となっただけであると解するのが相当であるから、春男の処分は包括遺贈であると解するほかない。
被告らは、第一遺言中の、川崎市の土地建物を原告に相続させるとの一部分のみを取り出して、特定の遺産を原告に相続させるとの遺産分割方法の指定であると主張するものであるが、第二遺言の作成により、第一遺言中の各不動産は、春男の遺産の例示にすぎなくなったと見るべきであり、被告らの主張は採用できない。
そうすると、原告は、被告らに対し、登記なくして、本件各持分の所有権を対抗し得ることになるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、93条を適用し、民事執行法38条4項、37条1項により、本件についての強制執行停止決定を認可して仮執行宣言を付し、主文のとおり判決する。
(別紙)物件目録<略>